このブログは、旧・はてなダイアリー「檜山正幸のキマイラ飼育記 メモ編」(http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama-memo/)のデータを移行・保存したものであり、今後(2019年1月以降)更新の予定はありません。

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テンソル圏に関する概念と用語法

岩波『数学』Vol.59 No.1(2007年1月号)に、山上滋「作用素環とテンソル圏」が載っていた。作用素環やら群の表現論の部分(それが実質的な内容だけど^^;)はサッパリわからんが、テンソル圏(tensor categories)に関する用語法が滅茶苦茶なのはよくわかった。

テンソル圏の定義

いろいろな定義(というか習慣)があるようで、列挙しておくと:

  1. 対称性を仮定しないモノイド圏をテンソル圏と呼ぶ。
  2. 対称モノイド圏をテンソル圏と呼ぶ。
  3. k-線形圏でありモノイド圏でもあるものをテンソル圏と呼ぶ(対称性は仮定しない)。
  4. k-線形な対称モノイド圏をテンソル圏と呼ぶ。
  5. 剛性を持つ(「堅い」「硬い」とも言う)k-線形な対称モノイド圏をテンソル圏と呼ぶ。

k-線形(k-linear)とは、kが (普通は標数0の)体だとして、homsetがk-ベクトル空間で、射の結合が双線形写像になっていること。k-線形性の仮定があるときは、公理的テンソル積(モノイド積)双関手\otimesは、(C×C)[(X, Y), (U, V)]→C(X\otimesU, Y\otimesV)を定義する。これは、C(X, U)×C(Y,V)→C(X\otimesU, Y\otimesV) の写像である(ここで×は集合の直積)が、双線形であることを仮定する。結果的に、普通のベクトル空間テンソル積を(×)として、C(X, U)(×)C(Y,V)→C(X\otimesU, Y\otimesV) がベクトル空間の圏に入る写像となる。

k-線形性の代わりに、アーベル圏であることを仮定することもある。例えば、「k-線形な対称モノイド圏」の代わりに、「アーベル圏でもある対称モノイド圏」。アーベル圏では、双積(普通、直和と言っている)があるから、単なるk-線形圏より強い条件となるが、それほどの差ではない。

さて、用語法に関するコメントだが; まず、単なるモノイド圏/対称モノイド圏をテンソル圏と呼ぶのは論外だろう。用語が重複する(同義語が増える)だけで良くない。

山上さんは、「k-線形モノイド圏=テンソル圏」を採用しており、X\otimesYとY\otimesXはまったく無関係(対称性はない)としている。ブレイディング(山上さんの訳語は「組紐構造」)との関係でいえば、対称性まで仮定するのは強すぎて、ブレイド付き(braided)テンソル圏の特殊ケースとして対称テンソル圏があるほうが自然。なお、対称ブレイディング(symmetric braiding; βY,X-1X,Y)を、山上さんの論説では置換対称性(permutation symmetry)と言っている。

剛性

剛性(rigidity)は、かなり一般的に使われている用語のようだ。剛性はコンパクト閉圏の定義と同じものだ。しかし、「コンパクト閉テンソル圏」なんて言葉は誰も使ってないので、もはやしょうがない。「コンパクト閉圏」の代わりに「堅い対称モノイド圏」なんてことになるかも?

剛性は双対で定義されるが、山上論説から引用すると:

  • 2つの対象X, Yに対して、ε:X×Y→I、δ:I→Y×X が存在して…

省略した部分はジグザグ恒等式である。Xが“Yの左双対”、Yが“Xの右双対”と呼び、次のように書くことがある。

  • X = Y*
  • Y = *X

大変不幸なことに、この記法では、星の位置が用語法と左右逆になる。(池袋東口に西部、西口に東部みたいなもんか。)また、「双対」の代わりに「随伴」(adjoint)と呼ぶこともある(さらに不幸)。それに、ε、δの取り方が一意でないので、右双対、左双対も一意対応ではない。言えることは:

  • ε、X、Yに対して、δが存在すれば一意的に決まる。
  • δ、X、Yに対して、εが存在すれば一意的に決まる。
  • 対象に左双対があれば、どれも同型。
  • 対象に右双対があれば、どれも同型。

剛性は次の条件:

  • すべての対象に、その左双対も右双対も存在する。

左双対、右双対、ε、δなどを識別(選択、特定)してしまったほうが話が楽になる。

「左右の双対とモノイド積で随伴性が定義できる」ことは、フロベニウス相互律(Frobenius reciprocity)と呼ぶそうだ。

  • C(X×Z, Y)\stackrel{\sim}{=}C(X, Y×Z*)
  • C(X, Z×Y)\stackrel{\sim}{=}C(Z*×X, Y)
  • C(Z×X, Y)\stackrel{\sim}{=}C(X, *Z×Y)
  • C(X, Y×Z)\stackrel{\sim}{=}C(X×*Z, Y)

山上論説では、f:X→Yに対してε、δを使って作られる射の双対f*:Y*→X*を(左)転置射(transposed morphism)と呼び、ftと書いている。左右を逆にした右転置 tf も定義している。ただし、左転置と右転置は、反変関手として自然同値。

用語的には、剛性を表す等式を三角恒等式(triangular identities)と呼ぶこともあるが、これは(厳密でない)モノイド圏の定義で出てくるマックレーン一貫性の等式(五角形恒等式と三角形恒等式;pentagonal/triangular equation)にも出てくる。やっぱり、ジグザグ恒等式と呼ぶのがいいような気がする。

テンソル関手とテンソル自然変換

念のため、山上さんが採用しているテンソルの定義を再掲:

  1. Cは、k-線形(線型)圏である。
  2. 双関手 \otimes:C×C→C がある。これもk-線形である。別な言い方をすると、k-ベクトル空間とテンソル積のモノイダル圏により豊饒化されている。(C×C)[(X, Y), (U, V)] = C(X, U)(×)C(Y, V)。
  3. 特別な対象I∈|C|がある。
  4. 自然同型 αX,Y,Z:(X\otimesY)\otimesZ → X\otimes(Y\otimesZ)がある。
  5. 自然同型 λX:I\otimesX→X がある。
  6. 自然同型 ρX:X\otimesI→X がある。

α、λ、ρは、マックレーンの一貫性(五角形、三角形等式)を満たす。

CとDがテンソル圏のとき、F:C→Dがテンソル関手であるとは、homsetごとにk-線形写像を誘導する、という意味でk-線形。さらに、Fに付随する自然同型ν=νF、δ=δFがある; νX,Y:F(X\otimesY)→F(X)\otimesF(Y)、δ:F(I)→I。ν、δはしかるべき可換図式を満たす。

αは結合性、λは左単位性、ρは右単位性、νはFの分配性(和or積の保存性)、δはFの単位保存性を表す自然変換。なお、アーベル圏により線形性が定義されるときは、公理的テンソル\otimesは双完全(biexact)を要求する。

テンソル関手FとGのあいだのテンソル積を保存する自然変換(テンソル自然変換と呼んでいいだろう)とは、自然変換φ::F⇒G:C→Dであって、次を可換にするもの。


F(X\otimesY) -[νX,Y]→F(X)\otimesF(Y)
 |         |
φX\otimesY     φX\otimesφY
 ↓        ↓
G(X\otimesY) -[νX,Y]→G(X)\otimesF(Y)

F(I) -[δ]→ I
 |
φI
 ↓
G(I) -[δ]→ I

単純性とグロタンディーク環

k-テンソル圏(k-線形なテンソル圏)の対象Xが単純とは、End(X)\stackrel{\sim}{=}k であること。単純対象の全体をSimp⊆|C|とする。

テンソル圏Cが半単純とは、

  1. Iは単純。
  2. すべての対象は、単純対象の有限直和と同型。

Cが半単純のとき、S = Simp/iso (単純対象の同値類)とする。Sは集合だとして、Sの形式的非負整数係数線形結合の全体を半加法群とみなして、さらに積・を次のようにして導入する。

  • x・y = Σz∈S(Nzx,y)
  • Nzx,y = dim C(Z, X\otimesY) = dim C(X\otimesY, Z)

これがテンソル圏Cのグロタンディーク(Grothendieck)環(実際には半環)。