このブログは、旧・はてなダイアリー「檜山正幸のキマイラ飼育記 メモ編」(http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama-memo/)のデータを移行・保存したものであり、今後(2019年1月以降)更新の予定はありません。

今後の更新は、新しいブログ http://m-hiyama-memo.hatenablog.com/ で行います。

足りてない! これじゃダメだ

ポールソンにしろ1994年KalvalaのGentle Introductionにしろ、アルゴリズムと証明論を結ぶ話をしてない。まったくと言っていいほどに説明がない。

次のような事柄のあいだの関係が分からない。

  • ルール(定理でもある)に付けられた、elim, intro, destという属性
  • そもそも、ルール(の形になった定理)が、アルゴリズムでどう使われるのか。
  • 除去レゾリューション(elim-resolution)、導入レゾリューション(intro-resolution)、解体レゾリューション(dest-resolutio)の実際のところ
  • レゾリューションが論理的に正しい根拠

とにかく、自然演繹の論理的な議論と実際のアルゴリズム/ソフトウェアのあいだのギャップがすごくて、それを埋める説明がない。

  • 自然演繹の証明図は証明オブジェクトであり、証明行為のログではない。
  • 証明行為はグラフとみなした証明図(証明グラフ)のグラフ書き換えによって行われる。
  • 証明グラフの書き換えはリーズニングと呼ぶことにする。
  • バックワードリーズニング、フォーワードリーズニングという分類は適切ではないようだ。
  • 説明でもソフトウェアUIでも、リーズニング対象である証明グラフの一部しか相手にされない。
  • 全域的な状況が説明もされず、不明である。
  • リーズニングが論理的に正当であることを示すには、全域的な状況が必要である。
  • 全域的な状況に言及されてないということとは、論理的な正当化はされてない。

腹立たしい。