型解析:SILへの準備としての連言論理
SIL(Simple Inclusion Logic; 汁)は、Catyの型解析の基盤/背景となる論理システムである。型解析アルゴリズムは、SILを直接的に実装する必要はないが、アルゴリズムの解釈と正当性の主張はSILをベースに行う。
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●連言論理
SILは、連言論理(conjunctive logic)の一種なので、まず連言論理を一般的に説明する。一般的とは、汎用ということで、世間一般の定式化かどうかは知らない。以下は、オリジナリティはないが檜山が考えた定式化。定義の羅列となるが、型推論において、実例はいくらでも出てくる。
原子論理式を論理結合子∧により結合した記号的図形が連言論理の論理式。ここでは、∧の代わりにカンマを使い、P∧Q∧R ではなく P, Q, R のように書く。原子論理式はローマ大文字、論理式はギリシャ大文字Φ、Ψ、Δなどで表すことにする。論理式(formula)を単に式とも呼ぶ。(Catyスクリプトの式も単に式と呼ぶので、混乱に注意!)空の並び、単一の原子論理式も式に含める。Φ, P, Q, Ψ のような書き方について説明しないが、シーケントの左辺と同じ、と言っておく。
横棒の上下に式を書いた図形を推論図と呼ぶ。推論図は、上が仮定で下が結論である推論規則の表現。まず、論理式を「原子論理式の集合」と解釈していいことを保証する構造規則を導入する。
Φ, P, Q, Ψ
---------------[換]
Φ, Q, P, Ψ
Φ, P, Ψ
---------------[増]
Φ, P, P, Ψ
Φ, P, P, Ψ
---------------[減]
Φ, P, Ψ
P, Q, R のような図形(構文的対象物)としての論理式は、集合 {P, Q, R} とみなしてよい。特に、空な論理式は {}(空集合)、単一の原子論理式からなる論理式は {P}(単元集合、シングルトン) となる。
次は連言論理の基本推論規則である。
Φ, Ψ
----------[射影]
Φ
Ψは空でもいいので:
Φ
--------[恒等]
Φ
射影の特別な場合として次がある。
P, Q
--------[左射影]
P
構造規則・換と組み合わせれば:
P, Q
--------[右射影]
Q
論理定数、true, false も原子論理式に含まれるとして、次の推論規則も認める。
-----------[true導入]
truefalse
-----------[矛盾]
Φ
falseからは何を推論してもよい。それが矛盾の定義。
以上に挙げた推論図を上下左右に積み重ねて証明図を作ってよい。ΦからΨへの証明図があるとき、ΦからΨが証明可能だといい、Φ |- Ψ と書く。Φ |- Ψ はシーケントと似てるが、次の点が異なるから注意。
- 右辺のカンマの解釈も∧であり、∨ではない。(古典論理のシーケントの右辺のカンマは∨)
- 内容的な(メタな)主張であり、形式的な存在(構文的な図形)ではない。
Φ |- Ψ とまったく同じ内容の主張を Ψ -| Φ と書き、次の用語を使う。
- Φ |- Ψ … ΦからΨを証明できる
- Ψ -| Φ … ΨをΦに還元できる
Φ |- Ψ かつ Φ -| Ψ のとき、Φ |-| Ψ と書き、ΦとΨは(論理的に)同値という。Φ |-| Ψ を、Φ≡Ψ と書くこともある。
必要に応じて、論理式を原子論理式の集合とみなすことにすると、射影とtrue/falseに関する推論規則は次の形で述べてもよい。
- Ψ⊆Φ ならば、Φ |- Ψ
- {} |- {true}
- {false} |- Φ
「推論図を上下左右に積み重ねて証明図を作ってよい」の根拠は:
- Φ |- Ψ かつ Ψ |- Δ ならば、Φ |- Δ
- Φ |- Ψ かつ Δ |- Γ ならば、Φ, Δ |- Ψ, Γ
実際の証明図では、区切りにカンマだけでなく空白(間隔)も使い、次の規則を仮定する。
Φ Ψ
-------------
Φ, Ψ
Φ, Ψ
-------------
Φ Ψ
その他、図示における省略法やレイアウトの技工があるが、今は説明しない。コツは、連言記号∧、カンマ、空白を適宜使い分けること。論理式をボックス、横棒をワイヤーにした図のほうが描きやすいかもしれない。
●連言的コレクション
今まで、Φ、Ψなどは原子論理式の有限列または有限集合を表わしてきたが、これからは無限列/無限集合も許すとする。原子論理式の無限個の集まりを許した列/集合を連言的コレクション(conjunctive collection)と呼ぶことにする。連言的コレクションは、必要に応じて(文脈ごとに)、カンマで区切られた列、集合、∧で構成された単一論理式、論理式の集まりなどの解釈をする。
連言論理を連言的コレクション(無限を許す)に一般化しておく。構造規則・換を少し修正するが、その他の規則はそのまま通用する。
Φ, Δ, Γ, Ψ
------------------[換]
Φ, Γ, Δ, Ψ
証明図の仮定、結論、中間の式として無限の連言的コレクションを許すが、証明図が無限になることは許さない。そのため、Φ |- Ψの意味も少し修正する。Φ |- Ψ とは:
- P∈Ψ ごとに、有限のΦ'(Φ'⊆Φ)があって、Φ' から P への有限な証明図がある。
Φ |- Ψ のΦが空の時は、 |- Ψ と書く。この意味は:
- すべての P∈Ψ に対して、仮定を持たない P の有限な証明図がある。
- Ψ のとき、Ψを定理コレクションと呼ぶ。定理コレクションに含まれる原子論理式は、すべて公理だけから証明可能である。 |
連言的コレクションΦが次の性質を持つときセオリーと呼ぶ。
- Φ |- P ならば P∈Φ
同じことだが、次のようにも言える。
- Φ |- Ψ ならば Ψ⊆Φ
セオリーは、大きなコレクションになりがちで扱いやすいとは言えない。そのため、次の定義をする。
- Φが凖セオリーとは、Φ |- Ψ ならば Ψ≡Ψ' かつ Ψ'⊆Φ となるΨ'が存在する。
与えられた連言的コレクションΔに対して、Δに対する凖セオリーΦを求めることは非常に重要である。Δに対する凖セオリーΦとは次の意味である。
- Δ≡Δ' かつ Δ'⊆Φ となるΔ'がある。
- Φは凖セオリーである。
この定義から、次の性質が出る。
- ΦがΔに対する凖セオリーだとして、Δ |- Γ ならば、Γ'≡ΓかつΓ'⊆ΦとなるΓ'がある。
セオリーは、公理系の同値類の代表元として使える。つまり、論理的に同値な公理系に対するセオリーは一致する。多くの場合、セオリーの代用として凖セオリーを使える。アルゴリズム的には、凖セオリーのほうが(還元/正規化と組み合わせれば)扱いやすい。公理系の同値類に対して、正規化された凖セオリーを一意的に対応させたい -- これがSILを扱うときの基本的な方向性となる。
型解析:SILと公理・規則群
SILは、連言論理の枠組み(汎用)に、SIL固有の公理と推論規則を付け加えた論理システムである。
●連言論理ベースの演繹系としてのSIL
項と簡約計算
Caty(新)スキーマ言語の型表現を型項、あるいは単に項(term)とも呼ぶ。項には変数(型変数)を含んでもよい。S、Tを項だとして、記号'⊆'を使った、S⊆T という記号的図形をSILの原子論理式とする。今出てきた'⊆'は単なる記号で内容的な意味はない。一方で、説明の地の文でも記号'⊆'を内容的に使うので注意(これは、形式的体系を扱うときのいつもの注意)。
SILと関連して、しかし別な計算システムとして項の簡約計算系がある。簡約計算系については今述べないが、S⇒S' は、項SがS'に簡約されることを示す(含意ではないので注意)。S⇒S' であるとき、構文的に、S'はSより簡単な形となっているが、意味的には S = S'(等号)である。S⇒S' という記号的図形もSILの原子論理式として扱う。
正しい簡約計算の例をいくつか挙げる。
- x&x ⇒ x
- x∪x ⇒ x
- x&any ⇒ x
- x∪never ⇒ x
公理と推論規則
Sが任意の項として、S⊆S の形をした式(原子論理式)はすべて公理として扱うが、後述の変数置換規則があるので、xを変数(型変数)として、x⊆x という形だけに限定しても十分である。S⇒S' が項簡約計算で示せるとき(つまり、正しいとき)S⇒S' はSILの公理である。その他の公理も含めて以下にまとめる:
- xが変数で、x⊆x
- xが変数で、never⊆x
- xが変数で、x⊆any
- 正しい簡約等式 S⇒S'
- 以上が公理のすべて
Pが公理なら当然に、|- P となる。念のために、公理を推論図の形で書いておく。
--------[ref; 反射律]
x⊆x
-----------[never; 最小元]
never⊆x
---------[any; 最大元]
x⊆any
---------[eq; 正しい等式]
S⇒S'
連言論理の推論規則以外に、次の推論を加える。なお、以下の推論図では、カンマの代わりに空白を使い、注目すべき部分以外は省略して描かないことにする。P[S] は、式Pの部分項としてSが含まれることを示す。正確には、Sは単なる部分項ではなくて、位置を特定された(複数出現を許す)出現である。P[S'/S] は、P[S]におけるSの出現をS'で置き換えた式を意味する。変数の出現に関しては、すべての出現を一斉に置き換える。例えば、x⊆x の左右のx(変数)を別々に置き換えることはできない。
S⊆T T⊆U
-------------[trans; 推移律]
S⊆UP[S] S⇒S'
--------------[eq-subst-1; 等値置換-1]
P[S'/S]P[S'] S⇒S'
--------------[eq-subst-2; 等値置換-2]
P[S/S']P[x] (xは変数、すべての出現を扱う)
-----------------------------------[var-subst; 変数置換]
P[S/x] (Sは非オプショナル項、すべての出現の同時置換)
SILでは含意'⊃'はないが、P |- Q のとき、P⊃Q が成立すると考えるとして、S⊆T ∧ T⊆S を S = T の定義とすれば、SIL内で次(に相当するメタ定理)が示せる。
- S⊆S (true ⊃ S⊆S)
- (S⊆T ∧ T⊆Y) ⊃ S⊆U
- S = T ⊃ S⊆T
- S = T ⊃ T⊆S
- (S⊆T ∧ T⊆S) ⊃ S = U
●分解規則
分解規則とは、推論規則(図)の上下を逆にしたもので、横棒の上が結論、下が仮定となる。結論が先に与えられて、その結論を導く仮定を求める操作が分解である。推論図と分解図を区別するため、分解図には「↑」を添える。分解規則の一部は、上下を逆さまにして推論規則とも考えるが、推論規則と分解規則の統合は後で行う。
それ以上分解できない命題(論理式)を既約命題と呼ぶ。既約命題であることを強調するときはブラケットで囲む(常にブラケットで囲むわけではない)。黒四角■は、そこに真または偽が入る場所を示す。分解図で■のすぐ上の命題は真偽が確定する命題で、確定命題と呼ぶ。白四角□は、真偽値が不定であることを示す。分解図で□のすぐ上の命題は不定命題と呼ぶ。
記号の約束
分解規則のネーミングに次の略号を採用する。
- s- : scalar (value)
- st- : scalar type
- l- : left
- r- : right
- b- : both
- t- : tag
次のメタ変数を用いる。
確定命題
a = b
↑---------[s-eq; スカラー等値]
■a∈Y
↑---------[s-elem; スカラー所属]
■X⊆Y
↑---------[st-inc; スカラー型の包含]
■α = β
↑---------[t-eq; タグ名等値]
■
不定命題
x⊆T
↑---------[l-var; 左変数]
□S⊆y
↑---------[r-var; 右変数]
□
複合型の分解規則
配列型、オブジェクト型、排他的ユニオン型は、項目/プロパティ/成分(選択肢)の個数が少数の例を記述するが、n個の場合に一般化することができる。数値ワイルドカード'#', 名前ワイルドカード'*'は、不等号と補集合を使った具体的な条件で書き下す必要がある。論理式の冒頭の丸括弧内はロケーションラベルであるが、これについてはいずれ記述。
(i, p) [S, S'*] ⊆ [T, T'*]
↑--------------------------------------[arr; 配列]
(i, p.0) S⊆T AND (i, p.#) S'⊆T'(i, p) {α:S, *:S'] ⊆ {α:T, *:T']
↑--------------------------------------[obj; オブジェクト]
(i, p.α) S⊆T AND (i, p.*) S'⊆T'(i, p) (@α S) ⊆ (@β T)
↑---------------------------------------[tag; タグ]
(i, p) [α = β] AND (i, p@α) S⊆T(i, p) S ⊆ T?
↑------------------[r-opt; 右オプショナル]
(i, p) S ⊆ T(i, p) S? ⊆ T?
↑------------------[b-opt; 両側オプショナル]
(i, p) S ⊆ T(i, p) S ⊆ (T | T')
↑--------------------------------[xuni; 排他的ユニオン]
(i, p) S⊆T XOR (i, p) S⊆T'(i, p) S ⊆ y&T
↑-------------------------------[inter; インターセクション]
(i, p) [S⊆y] AND (i, p) S⊆T(i, p) S∪S' ⊆ T
↑------------------------------[join; 集合のジョイン(無制限ユニオン)]
(i, p) S⊆T AND (i, p) S'⊆T